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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)81号 判決 1999年11月16日

原告

ザ、プロクター、エンド、ギャンブル、カンパニー

代表者

【A】

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官 【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成5年審判第12646号事件について平成9年10月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1987年1月26日及び同年12月18日に米国においてした各出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「改良された留め具装置を有する使い捨ておむつ」とする発明について昭和63年1月26日に特許出願(昭和63年特許願第15685号)をしたところ、平成5年2月19日に拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成5年審判第12646号事件として審理した結果、平成9年10月31日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年11月19日に原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  特許請求の範囲請求項1(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)

液体透過性トップシート、該トップシートに固定された液体不透過性バックシート、該トップシートと該バックシートの間に包まれた液体を吸収するための吸収材芯、使い捨ておむつの各縦側に隣接した縦方向縁部分、該縦方向縁部分の各々に操作的に連合した弾性部材、使い捨ておむつの一方の末端における第一の腰部分、使い捨ておむつの反対側末端における第二の腰部分、及び該第一の腰部分及び該第二の腰部分を使用時に重複配置にて維持するための留め具装置であって、該留め具装置が、複数のループ状繊維要素よりなる第一の部材、及び該第一の部材の該ループ状繊維要素と係合可能な第二の部材よりなり、該第二の部材が、

a) 第一の表面及び第二の表面を有するベ一ス、及び

b) 該ベ一スの該第一表面から延在する複数の係合要素よりなり、該係合要素の各々が、

i) 該ベース上にその末端において支持されている脚部、及び

ii) 該ベ一スの反対側の該脚部の末端に位置した拡大頭部よりなり、該頭部は平滑な、概して凸状の頂部表面及び該脚部から該脚部の少なくとも二つの半径に沿って該頂部表面の周辺に半径方向に外方に延在する底部表面を有し、該底部表面が該ループ状繊維要素の少なくとも一つにより係合されるようにされており、

該留め具装置の繊維張出し比が少なくとも約2:1であり、及び高さ比が少なくとも約5:1であることを特徴とする使い捨ておむつ。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本願発明は、特開昭57-161101号公報(以下「引用例1」という。)、特開昭61-255607号公報(以下「引用例2」という。別紙図面2参照)及び米国特許第3138841号明細書(以下「引用例3」という。)各記載の発明並びに技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと認定判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由Ⅰは認める。同Ⅱは、<2>を争い、その余は認める。同Ⅲは、9頁20行ないし13頁13行及び14頁末行ないし15頁3行を争い、その余は認める。同Ⅴは争う(Ⅳは欠番。)。

審決は、引用例2の記載内容を誤認した結果相違点1についての判断を誤り(取消事由1)、本願発明の顕著な効果を看過したものであって(取消事由2)、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用例2の記載内容の誤認による相違点1についての判断の誤り)

(1)  本願発明の係合要素の頭部の形状は、「拡大頭部よりなり、該頭部は平滑な、概して凸状の頂部表面及び該脚部から該脚部の少なくとも二つの半径に沿って該頂部表面の周辺に半径方向に外方に延在する底部表面を有」する。すなわち、本願発明の採用する係合要素の頭部は、「滑らかに盛り上がった形状」をしたきのこ形突起である。

(2)  引用例2の第2、第4、第5図の係合要素である雄素子の先端は、いずれも球状であり、上記のきのこ形突起の形状、すなわち、本願発明の「平滑な、概して凸状の頂部」、言い換えれば、「滑らかに盛り上がった形状」をしていない。

引用例2記載の発明において採用されている雄素子は、さくらんぼ形突起(第4図)及び丸サラリベット形突起(第5図)であって、きのこ形突起ではない。さくらんぼ形突起は頭部が平滑ではなく、丸サラリベット形突起は頭部が凸面状をしていない。

さらに、引用例2の第2図の雄素子の頂部は、仮に、きのこ形突起すなわち本願発明の「平滑な、概して凸状の頂部」に該当するとしても、これは、同引用例にこれにつき「強度が大きい特色を備える反面、着脱時にソフト感がないことと繰り返し使用に際して耐久性に劣る欠点があり、用途が限定されている。」と記載されているとおり、採用するのに不適当な形状の例として挙げられたものにすぎない。

(3)  ところが、審決は、相違点1につき、引用例2の第2、第4、第5図のものの形状をいずれも本願発明のものと同じきのこ形突起であると誤って認めたうえ、この認定を前提に、判断を行っている。上記誤りが相違点についての判断の誤りに直結することは論ずるまでもないことであり、相違点についての誤りは、審決の結論の誤りに直結するものである。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)

審決は、「・・・それらを総合により格別の効果を奏するものとも認められない。」として、本願発明の格別の効果を否定したが、誤りである。

本願発明は、留め具が剥離力及び剪断応力に十分に耐えていつも着用者のお尻を十分にカバーするだけでなく、これと並んで、留め具が着用者の肌に刺激を与えて皮膚をすりむいたり、炎症を起こさせたりしないようにするということをもその目的としている。本願発明は、その構成を採用して、係合要素の頭部の形状、張り出し比、高さ比を限定することにより、上記二つの本願発明の目的を同時に達成するという効果を奏する。このような効果は、引用例1ないし3のどこにも明示も暗示もされていない。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1(引用例2の記載内容の誤認による相違点1についての判断の誤り)について

引用例2のマッシュルーム形と称された第2図、さくらんぼ形と称された第4図、丸サラリベット型と称された第5図の各雄素子の形状は、図面の記載からみて、本願発明の拡大頭部の構成である「平滑な、概して凸状の頂部表面及び該脚部から該脚部の少なくとも二つの半径に沿って該頂部表面の周辺に半径方向に外方に延在する底部表面を有」するものである。審決が「きのこ型突起」という語を使用した趣旨は、係合要素の脚部の形状を言い換えたものであって、上記本願発明の拡大頭部の構成を有する形状のものは、すべて含まれる意味で使用しているものである。

原告は、本願発明における「平滑」という語を、「平らであって滑らかなこと」を意味する用語として用いている。しかし、「平滑」という語には、「でこぼこがないこと。滑らかなこと。」という意味もあり、本願発明の特許請求の範囲においては、係合要素の拡大頭部表面は平らであることはなく凸状となっているから、本願発明の係合要素の頭部の頂部表面は、「滑らかな概して凸状」の表面となっているものと解すべきである。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)について

引用例2記載の発明は、おむつ等に使用した場合の剪断強度及び剥離強度の改善を課題とするものと解される。そして、係合要素の具体的な形状、とりわけ2つの係合要素の相対的形状については、当業者が実施に当たって当然に考慮することであり、張り出し比、高さ比を限定することも、いわば妥当な設計条件を想定したものということができる。また、おむつにおいて、留め具が着用者の肌に刺激を与えて皮膚をすりむいたり、炎症を起こさせたりしないようにすることも当然に考慮すべき課題であり、その点をも考慮して係合要素は設計されるものであるから、原告主張の効果は、予測し得ないものではない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例2の記載内容の誤認による相違点1についての判断の誤り)について

(1)  本願発明の拡大頭部の「平滑な、概して凸状の頂部表面及び該脚部から該脚部の少なくとも二つの半径に沿って該頂部表面の周辺に半径方向に外方に延在する底部表面を有」するとの構成の技術的意義は、特許請求の範囲の記載からは一義的に明確ということができない。そこで、発明の詳細な説明の欄を参酌することにする。

甲第2号証(本願明細書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「この頭部は第二の部材が肌になじみが良い様にギザギザした末端を与えない平滑な概して凸状の頂部表面を有する。」(15頁16行ないし18行)、「ここで用いられる『概して凸状』という用語は表面の大部分についてベース68の第一表面70から外方に突出するアーチ型の表面を意味する。この様に、それらが小さい表面変化、凹み、スロット或いは凹面を有するので完全に凸面ではない頂部表面80を有するヘッド78(例えば、スクリューの頭部の形状)は本発明の概して凸状の頂部表面80という用語の範囲内に含まれる。・・・本発明の好ましい実施態様において、頂部表面80は好ましくは第3図、第4図及び第6図に示される如く半球型即ちきのこ状表面である。」(38頁12行ないし39頁6行)、「底部表面82は平面状或いは曲線状の表面などの任意の形状を有してよい。最大数の繊維要素62と係合するためのより大きな表面積を与えるためには、曲線状の凸状底部表面82が好ましい。」(40頁4行ないし7行)との記載があることが認められ、これらの記載によれば、本願発明の拡大頭部は、頂部表面については、ギザギザした末端がなく滑らかで、半球型、すなわち、きのこ状表面が好ましいけれどもこれに限られるものではなく、多少の表面変化等があっても、表面の大部分についてベースの第一表面から外方に突出するアーチ型の表面を有しているものであること及び底部表面については、平面状あるいは曲面状などの任意の形状を有してよいことが認められる。

甲第5号証(引用例2)によれば、引用例2の第2、第4、第5図の各雄素子は、頂部表面が、ギザギザした末端がなく滑らかで、表面の大部分についてベースの第一表面から外方に突出するアーチ型の表面を有していることが認められるから、いずれも、本願発明の拡大頭部の「平滑な、概して凸状の頂部表面及び該脚部から該脚部の少なくとも二つの半径に沿って該頂部表面の周辺に半径方向に外方に延在する底部表面を有」するという構成を備えるものと認められる。

(2)  原告は、引用例2の第2、第4、第5図の係合要素である雄素子の先端は球状であり、本願発明の「平滑な、概して凸状の頂部」、言い換えれば、「滑らかに盛り上がった形状」をしていない旨主張する。原告の上記主張は、本願発明の「平滑な」との語について、頭部の頂部表面の盛り上がりの状態が「滑らか」であることを示すものであることを前提とするものと解される。しかし、前認定の本願明細書の「頂部表面80は好ましくは・・・半球型」及び「この頭部は第二の部材が肌になじみが良い様にギザギザした末端を与えない平滑な概して凸状の頂部表面を有する。」との記載からすれば、本願発明の「平滑な」との語は、頭部の頂部表面の盛り上がりの状態を示すものではなく、頭部の頂部表面にギザギザした末端がなく滑らかであることを示すものと解すべきであるから、本願発明の「平滑な、概して凸状の頂部」には、先端が球状のものも含まれるものと認めることができる。

原告は、引用例2の第5図の雄素子は、頭部が凸面状をしていないと主張し、そして、確かに、上記雄素子の底部表面は、凸字形の底部のように平面状ではなく、脚部に向かってなだらかに低くなっていることが認められる。しかし、本願発明の拡大頭部の底部表面は、前述のとおり、平面状あるいは曲面状などの任意の形状を有してよいのであるから、上記雄素子の底部表面のような形状のものが除外されると解することはできない。

さらに、原告は、引用例2の第2図の雄素子は、採用するのに不適当な形状の例として挙げられたものにすぎないとも主張する。しかし、甲第5号証によれば、引用例2には、「一般に布製ファスナーは・・・第2図に示す・・・膨頭子状の係合用雄素子A1・・・を多数立設しており、・・・膨頭子型タイプは・・・剛直であると共に係合剥離強力・・・が大きい特色を備える反面、脱着時にソフト感がないことと繰り返し使用に際して耐久性に劣る欠点があり、用途が限定されている。」(1頁右下欄12行ないし2頁左上欄8行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例2において、第2図の雄素子は、欠点もあるが長所もあり、限定されてはいるものの用途もあるとされているものと認められるから、引用例2に接した当業者において、第2図の雄素子の長所に着目して、欠点は認識しつつもこれを採用することは容易であるものというべきである。

以上のとおり、原告の主張は、いずれも採用することができない。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)について

係合要素の頭部が、前認定の意味で平滑な概して凸状の頂部表面を有していれば、ギザギザした末端である場合と比べて、留め具が着用者の肌に刺激を与えて皮膚をすりむいたり、炎症を起こさせることが少なくなることは、自明である。また、その形状と張り出し比、高さ比の数値によって、剪断強度、剥離強度及び着用者の肌に対する刺激が変化することも、自明である。

ところが、本願発明に係る係合要素の頭部の形状と張り出し比、高さ比の限定によって、剪断強度、剥離強度及び着用者の肌に対する刺激が、それ以外の場合と比べて、予測しがたい程度の差異があることは、本件全証拠によっても認めることができない。

したがって、本件考案の構成を採用したことによって、その構成から予測できない顕著な効果が得られたと認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、 原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6  よって、本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

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